差動プローブの仕組み
以下、差動プローブの“しくみ(内部回路と動作原理)”を、現場で理解すべき視点に絞って体系的に解説します。
(YOKOGAWA 701927 など一般的な 100MHz クラスの差動プローブを想定)
■1. なぜ差動プローブが必要なのか(目的)
通常のオシロ入力(1本)は「片側がGNDに固定された測定」です
計る → Vin-GND
しかし実務では…
- 両端が浮いている信号が多い
(ハーフブリッジ、ゲート、スイッチング、ACラインなど) - 回路の基準点が測定器のGNDとは異なる
- コモンモード(共通成分)が大きい
これを片側GNDプローブで測定すると
- GNDショートして破壊
- 浮いた信号が測れない
- コモンモードノイズを拾う
- 誤差が大きい
→ そこで必要なのが 「Vdiff = V+ − V− だけを取り出すプローブ」=差動プローブ
■2. 差動プローブがやっていること(原理の一言)
Vdiff=(+入力)−(−入力)を抽出し、
巨大なコモンモード Vcm をキャンセルして出力する
式で書くと
出力V = A × (V+ − V−)
ただし実際には
理想出力V = A × (Vdiff)
実際出力 = A × (Vdiff) + A×(ΔVcm × ε)
ここで ε は“同相除去の誤差(CMRRで規定される)”
■3. 差動プローブ内部の基本構造(等価回路)
構成は大きく4ブロックに分かれます:
① 高インピーダンス入力(R1, R2, Cstray)
- 入力抵抗:数MΩ級(701927は4MΩ/side)
- 入力容量:数pF〜10pF程度
これにより
- DUTに負荷を与えにくい
- 高周波での入力インピーダンス低下は避けにくい
② 入力アッテネータ(×10 / ×100)
- 直列抵抗分割器
- 高電圧測定を可能に
- 大抵 +側と−側で抵抗値を非常に厳密に合わせている(マッチング精度)
→ このマッチングずれがコモンモード除去・直流精度に影響
③ 差動アンプ(差動増幅回路 or 計装アンプ)
多くの差動プローブは内部に
- 差動増幅(Differential Amplifier)
- Instrumentation Amplifier(計装アンプ)
のいずれかが使われている。
役割は
- V+ と V− を合成して差だけ抽出(V+−V−)
- 内部でCMRR(コモンモード除去比)を確保
④ 出力段(レベルシフト+出力アンプ)
- 測定器の入力(1MΩ)に適合させる
- 直流成分の調整(DC Balance / Offset)
- 帯域補償(Zin の周波数特性補償)
■4. 差動プローブのキモ:CMRR
差動プローブを理解する上で最重要パラメータは CMRR(Common Mode Rejection Ratio)
意味:
コモンモード電圧(Vcm)を
どれだけ消せるか(抑え込めるか)
式:
CMRR(dB) = 20log (差動ゲイン / コモンモードゲイン)
高いほど良い。
701927 で 80 dB(@100 kHz)レベル。
■5. 「Vdiff+Vcm」の関係(現場で最重要)
本来測りたいのは Vdiff だけなのに、実際には
入力電圧 = Vdiff + Vcm
例(ハーフブリッジ):
- V+=300Vスイング
- V−=298Vスイング
- →差は2Vだが、コモンモードは300V級
この巨大な 300V成分をキャンセルし、
2Vだけを取り出す装置=差動プローブ
■6. 直流と交流の違い(レア実務)
- 直流精度は抵抗マッチングとオフセット調整に強く依存
- 高周波精度は容量マッチングと帯域補償に依存
つまり DC調整と高周波性能は“別物”。
→ だから ゼロ調整(DCバランス) が必要になる
→ 特に701927のようなアナログ調整方式ではなおさら
■7. 差動プローブの種類(内部アンプ方式)
| 方式 | 代表例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 差動アンプ方式 | 一般 | 高耐圧、DC広帯域 |
| 計装アンプ方式 | 高精度測定 | CMRR非常に高い |
| アイソレーションアンプ | 高電圧系 | 入力の浮きが大きい |
| 光アイソレーション型 | 超高電圧 | 産業/インバータ |
YOKOGAWA 701927 は典型的な 差動/計装アンプタイプ(帯域100MHz、700Vcm対応)。
■8. “差動はGNDがいらない”という意味
差動プローブは
Vout = A × (V+ − V−)
だけなので、GNDを取らなくて良い
(ただし筐体や内部電源のリファレンスは当然存在)
→ GNDクリップが不要なため破壊リスクが大幅低減
■9. ゼロ調整の意味(DC Balance)
差動アンプには必ずオフセットが存在するので
- V+=V−=0V なのに
- 出力は 0V にならない
→ +側と−側にある調整トリマ(VR)でDCオフセットをキャンセルする
■10. 差動プローブの弱点(現場で意識すべき点)
■① 直流精度は良くない
- 抵抗マッチング
- 温度ドリフト
→ mV級はずれる
■② 入力容量が数pF〜10pFある
- 高周波では回路に負荷を与える
- スイッチング電源ゲートやハーフブリッジでは波形が変わる
■③ CMRRは周波数で劣化する
- 10kHzでは80〜90dB でも
- 10MHzになると50dB未満になることも
=高周波ではコモンモード成分を完全に消せない
■11. 実務での理解ポイント(要点)
● 差動プローブは
⇒ 差動電圧だけを取り出すアンプ
● 実際には
⇒ 入力抵抗・容量・アッテネータ・差動アンプ・出力アンプで構成
● 性能の決め手は
⇒ CMRR と 入力容量
● DC精度は
⇒ オフセット調整(DC Balance)に依存(701927は手動)
■12. まとめ(超要点)
- 「V+ − V−」のみ抽出
- コモンモードはキャンセル
- 内部は差動アンプ+高インピーダンス
- 直流精度=トリマ調整依存
- CMRR が性能の本質
- 高周波になると CMRR 劣化
■さらに詳しくできる項目(希望あれば)
- 差動アンプの数学(差動ゲイン / 同相ゲイン)
- CMRR の具体的計算
- Vcmの実OK電圧と条件
- アイソレーション型との違い
- 高電圧測定での安全対策
- デジタル AutoZero 型との比較
- なぜ同じアッテネータでもオフセットが変わるのか
- インバータ・モータ駆動における注意点
必要なら、701927 の内部等価回路を簡易トランジスタレベルまで展開した解説も作成します。

差動プローブの各種パラメータの意味
差動プローブの補正方法
差動プローブの+と-をそれぞれ銅線や付属の短絡バーに挟む。もしくは+と-を挟みあう。
オシロスコープ側でプローブの帯域・レンジを測定時に使用するレンジにしておく。
オシロスコープに補正機能が付いている場合はプローブ設定メニューでZeroやAutoZeroボタンを押下し、補正を実行する。
調整トリマが付いており、プローブ調整が手動の場合は、ドライバ-で調整トリマを回して、0Vに近づけること。
調整トリマが+側と-側両方についているプローブの場合は、+側と-側の調整トリマを交互に回すことで調整しましょう。(内部の差動アンプのバランスが影響するため)

